送り盆でお線香上げにお墓参りに行ってきました。私の実家は旧今市市、妻の実家は旧日光市、その距離ほんの10㎞ほどですが、お盆のお墓参りの仕方も若干違うのには驚きました。
父方も母方もお墓は旧今市市内の同じ墓地にあります。お線香をあげながら思い出したのは二人の祖父のことです。どちらの祖父も鳶職でした。母方の祖父は川崎で100人ほどの若い衆を使っていたとのことでした。戦争で疎開して今市に来たと聴いています。父方の祖父は東京で修業をし、仕事をしていたそうです。今市に帰ってきてからも鳶を続けたそうで、東京で修業したのであだ名は「東京さん」と言ったそうです。通勤は自転車でしていたそうですが、毎日同じ時間に同じところを通るので、通勤経路にあるお宅では時計より正確だと言われたとも聴いています。私の父をして「星一徹のような親父だった。」とのことです。
父方の祖父とは、私が幼稚園だったか、小学校1年生だったかの頃に、父の新築現場で既存の物置を曳き家した時、一緒に作業したのを覚えています。親子3代、最初で最後の作業でした。
今、私たちが使っている道具の中にも、数こそ少ないものの、父方の祖父の使っていたものがあります。祖父の実直で正確な仕事、それを支えていた思いを私たちも受け継いで、お客様に喜んで頂けるいい仕事をしたい、手を合わせながらそんな思いを新たにしました。

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